【大船渡の津波の高さ=東大寺大仏殿の虹梁の高さ】2011.3.25

報道各社のニュースによれば23日、東日本大震災の津波の高さが、岩手県大船渡市で、23.6メートルと発表されました。高さは、港湾空港技術研究所(神奈川県横須賀市)の現地調査で分かったそうです。

何と比較すると一番分かりやすいだろうと探していると、なんと、東大寺大仏殿の屋根を支える虹梁(こうりょう)の高さに匹敵することが分かりました。

ウィキペディアによると「東大寺大仏殿の虹梁は、柱の間隔7.7メートル(2丈5尺4寸)の3倍すなわち23.1メートルの長さを持ち、3020トンの屋根を支える必要があ ることから、長さ23.6メートル(13間*)、直径1メートル(3尺)で強度があり耐久性の高いアカマツが求められた」とあります。

大仏殿は1567年(永禄10年)に戦火で焼失し、1687年(貞享元年)に、公慶が再建に着工したものの、3000トン余の屋根を支えるための、一番重要な部材の一つである虹梁の材料がなかなか見つからなかったそうです。

やがて公慶は「霧島山山腹の白鳥神社境内に2本のアカマツの大木があることを見いだし、大木は高さ54メートル(18丈)、曲がりも虫食いもない良材であることが確認されたため、虹梁として採用されることになった」のだそうです。

白鳥神社(宮崎県えびの市)の東大寺大仏殿虹梁白鳥巨松の由来によれば「東大寺大仏殿の大屋根八十万六千貫(3020トン)を支えている大虹梁は、元禄十六年(1703)この白鳥神社境内より伐出された二本の赤松である。・・・一本目は長さ一三間・・・二本目は、長さ一三間・・・」とあります。

そんな巨大な虹梁によって支えられた屋根の下に入っている大仏ですが、座高は14.98メートルです。大仏殿は津波以上の高さとはいえ、鎌倉の大仏(台座を含めて13、35メートル)も東大寺の大仏も、大船渡に鎮座していたとすれば、すっぽり津波に呑み込まれ、虹梁の高さまで潮の痕が残ったことになります。大仏や大仏殿の大きさを知っている方なら想像がつくかもしれません。

今回の津波は、1933年の昭和三陸地震津波で観測された大船渡市の最大28.7メートルにほぼ匹敵する規模。

日本最大の津波高さ(陸遡上高)は28丈2尺(85.4m)、この津波は1771年4月24日(明和8年3月10日*)・八重山地震・明和の大津波(やえやまじしん・めいわのおおつなみ)で石垣島で記録されたもの。

日本・本州最大の津波高さは、38.2m(1896年の明治三陸地震津波、岩手県綾里村(いわてけんりょうりむら))。

世界最大の津波は2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震津波で、34・9メートルの津波の痕跡が見つかっているとのことです。

今回の宮城県女川町での津波は14・8メートル、岩手県久慈市では13・4メートル、岩手県釜石市9・0メートル、青森県八戸市8・4メートルに達したと判定されたそうです。

*1間は1、81818メートル。13間は23,63634メートル。
*当時石垣島は日本の暦を使っておらず、1771年は当時薩摩藩に服していたとはいえ琉球暦が使われていた。(防災システム研究所)
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