【ツボか?ヘソか?クソか?マコトか?:青木弘貴】2011.6.2

2011/06/01 19:52 に ついついペコ が投稿   [ 2011/06/01 19:55 に更新しました ]
【ツボか?ヘソか?クソか?マコトか?:青木弘貴】2011.6.2

 確か筒井康隆氏の短編小説で読んだのだと思うが…、昔の大工が建てた日本家屋は、取壊す時のことまで考えて造られていて、家の何処かの片隅に必ずあるという、大工の棟梁が仕組んだそのツボだかヘソを引っこ抜くと、建材を少しも痛めることなく、家は一瞬のうちに崩れ落ちるのだそうです。その技術がなければ大工の棟梁にはなれなかったようなのです。昔は家の取り壊しは全て人力でしたから余計に、そんなことが考えられたとも言えますし、建材も傷がなければ再利用も出来たのでしょう。

 もっとも筒井康隆氏の小説のことだから…、確か筒井康隆氏のだと記憶しているが、それを読んだのはもう30年以上も前のことで、もしかしたら星新一氏の小説だったのかも知れない。記憶というのはとても曖昧なもので、曖昧だからこそ記録に残すのだが、読んだ本の記録を残す必要など、自分は考えたことも無い。小説であれ、指導書であれ、本は、本そのものが記録の集積なのだ。感想文や集約文なら兎も角、本を読んでその内容をわざわざ別の手帳にそっくり書き写すバカはいないだろう。読んだ小説の内容を原稿用紙に記録し、公募でもしようものなら、直ぐに盗作と言われてしまうだろうから。

 あれっ、随分と本題から滑ってしまった…。

 やはり筒井康隆氏の短編小説だったことにして話を進めると、昔の大工が本当にそんなツボだかヘソだかを仕組んでいたのかは、作者が筒井康隆氏ということも加えると、

いささか疑問ではあるのですが…。 

今の建造物はというと、とてもそんなツボやヘソが仕組んである筈はなく、壊すにも

パワーショベルやバックフォーなど重機が瞬く間に取壊してくれて、再利用する材など一切残りません。残骸となった家の処理は、ショベルカーとダンプトラックが活躍し、あっという間に平地になってしまいます。残骸が何処へ行くのかなんて知りません。

金さえ出せば業者が全てを処理してくれるのです。

昔のモノは使い回し、今のモノは取壊し。

使い回された物よりも新品の方が人は嬉しいのでしょうが、それではムダが大き過ぎます。何でもリサイクルの意識が環境のエコロジーに繋がるのだと私は思います。

 園芸店には牛糞、豚糞、鶏糞など動物のクソが販売されていますが、大工の棟梁がツボだかヘソを仕掛けていた時代には、人間の糞尿も野菜の肥ヤシとして貴重なものでした。それが今はどうですか。私が排出した貴重な糞尿は、汚物という軽蔑にも似た名で処理され、処分する料金まで請求されます。私が生み出した大切かつ貴重なオクソ、オシッコ様を、汚い物にしてしまったのは一体誰ですか。

 人が排泄する糞尿は汚物にしておいて、牛や豚や鶏の糞尿は売価の対象になるって、可笑しいことだと思いませんか。私のオクソ、オシッコを、どなたか大枚を支払って買いたいという人はいないものでしょうか。あぁっ、オレも江戸時代に戻りたい、JIN。

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